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グラフ「旭川」の郷土史特集 [ふるさと]

グラフ「旭川」という雑誌、郷土史ものを扱う雑誌ではなかったが、ここに来て、郷土史が特集に組まれている。読者層高齢化が関係しているのであろう。
なお、かなり前に事務所が5条通りから、9条通りに移転している。


40年前の旭川市中心部を振り返る
http://www.graph-as.com/page2/ev_201910_2.html


旭川駅120年間の歴史を振り返る
http://www.graph-as.com/page2/ev_201807_1.html

グラフ旭川201807.jpg



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緑橋ビル [ふるさと]

市街地の商業ビルが次々と取り壊され、更地化していく中で、緑橋ビルは細々とではあるが生き残っている。昔は、ビルの中にも店舗があったが、今は路面店だけになってしまった。


緑橋ビルについては、郷土史本の写真で、これといったものを見たことがない。が、花壇からビルを眺めれば、構図的にサマになりそうだ。つくりは古いが鉄骨、鉄筋がふんだんに使われ、頑丈にできているのかもしれない。


花壇を手入れされている方に感謝する次第。


緑橋B1.jpg


緑橋B2.jpg

タグ:商業ビル
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祖父の死 [学生時代]

祖父が亡くなって数十年近く経った。

大学入学が決まった年の春、私は母に言われ入院中の祖父を見舞いに行くこととなった。
母からは、重病で余命いくばくもない、何も言わなくていいので、ひと目顔を見せて欲しいと言われた。


場所は、厚生病院の三階か四階の入院病棟。東芝製のエレベータだったように思う。エレベータの行先階の丸いボタンを押すと、エレベーターはゆっくりと上がった。3人用の病室の真ん中のベットに祖父はいた。祖母が傍で看病、私を見るなり、祖父は一瞬笑顔を見せた。


それが、祖父との最後の別れとなった。

厚生病院は移転し今の場所にない。ただ、あの仲小路を通ると、何十年も前のあの日、祖父が病院の遺体搬送口から運び出される光景が思い出されてくるのである。





病院周辺の写真を「我が青春のノスタルジー 旭川 昭和ノスタルジー」に見つけた。1961年の旭川市広報からの転載のようだ。


市街地上空からの写真.jpg

タグ:病院 訃報
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しょうがご飯の想い出 [青春期]

ある場所で、彼女がつくった手料理を食べた。
メニューはしょうがご飯。


簡素なようだが、やり方によっては、出汁の取り方含め手が込んでいる。手抜きが絶対にきかないメニューと言った方がいい。

レシピはこうなっている。


新生姜の炊き込みご飯のレシピ/作り方
https://www.sirogohan.com/recipe/sinshougagohan/




おいしそうに私が食べていることに気づいた、隣の席の人が彼女がつくったことを私に告げた。ふっくらした食感、さっぱりとした味、申し分ないほどだった。凝り性な彼女の一面を改めて知った。


一瞬箸を休め、彼女を探した。
彼女は目に一杯涙をため、私が食べる様子を少し離れたところで見ていた。


私は別の女性との婚約を破棄するつもりはなかった。

彼女と将来を共にすることを諦めていた。
彼女への想い、すべての記憶を消し去る目的のために再会した。
彼女は、昔のまま。
変わりようがなかった。


私たちはいつもぎこちなく、最後まで心が通じ合うことはなかった。


こうして、しょうがご飯は、私たちにとって別れの晩餐となり、それ以降、彼女がつくった以上の、おいしいしょうがご飯に巡り合ったことはない。



Finzi - Romance in E flat major, Op. 11
ttps://www.youtube.com/watch?v=7kjvB1lzZyk

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